小野寺麻理子 Onodera Mariko
日本の元声優。大阪府出身。青二塾大阪校第九期卒。青二プロダクションに所属していたが、1995年に引退。 なお、デューク更家公認スタイリストの小野寺MARIKO(本名:小野寺麻理子、読みは同じ)とは同姓同名の別人。 小野寺が声優として名が知られたのはほんのわずかな期間ではあったが、当時は第三次声優ブームのまっただ中でもあり、注目の若手声優として声優専門誌に採り上げられる機会も少なからずあった。 特に、ラジオ番組『青春ラジメニア』で小野寺がゲストに招かれた時、パーソナリティの岩崎和夫が小野寺は将来声優界を引っ張るような大物になることをほのめかすように「彼女から風を感じた」とコメントしていた[1]。しかし、そのコメントからわずか数か月後、ゲームを中心に役も増えていき、これからという段階で小野寺は引退を宣言し、わずか2年間の声優活動に終止符を打った。その際、番組で岩崎は小野寺のことについてもう一度言及しており、「期待していたので残念ですが、彼女は彼女の考えがあってのことでしょう」とコメントしていた。 引退した明確な理由は不明だが、両親とのことが主な理由であるとも言われている。小野寺は声優を志望した当初から両親(特に母)に猛反対されており、それをどうにか説き伏せて「一人暮らしを禁じ父も同居する」「(声優としての活動を許可するのは)2年間だけ」という妥協案を両親が渋々受け入れたと、引退間近の雑誌のインタビューで答えていた。
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